恋口の切りかた
八、冬馬の過去
【円】
「それでまさか、夜中にここに来るとはな」
俺の話を聞いて、覆面の下から苦笑混じりの声が言った。
伊羽家の屋敷の奥座敷である。
外の蝉の声が遠くに聞こえている。
人払いがされ、締め切られた部屋は昼間だというのに真っ暗で、蝋燭が灯されている。
日が当たらない位置にあるためか、何とか我慢できる暑さなのが救いだ。
「意外だねェ」
覆面をしたまま、城代家老は遊水の声と口調で感心したように言った。
「何がだ」
「いやなに、よく海野の屋敷のほうじゃなく、こっちに来たもんだって話さ」
結城家の屋敷を抜け出した俺は、その足でススキ野の中を探し回り、
話に聞いていた涸れ井戸を見つけて、その中から横に伸びていた地下通路を通って伊羽邸の中に辿り着き──
今はこうして、青文にかくまってもらっているところなのだった。
「俺をハメやがった海野清十郎の野郎は絶対に許さねえ……!
身の潔白を証明するには、清十郎のことを調べると言ってたあんたの力を借りる必要があるからな」
「まあ、そのとおりなんだがな」
暗い座敷の中で、俺と向き合って座った青文は含み笑いをした。
「いやあ、円士郎様なら直接、海野の屋敷に討ち入りでもして、一矢報いたらそのまま切腹して果てるんじゃないかと思ったんでねェ。
武士ってのはとにかく、そういう潔い真似ってのが好きだろう?」
「あのなァ……てめェ、武士を理解不能な生き物みてえに言うなよ」
揶揄(やゆ)するかのような青文の口調に、俺は顔をしかめた。
青文は鼻を鳴らした。
「は。実際、俺にはいまだに理解不能だからな」
……自分も武士のくせに。
俺は軽く嘆息する。
「隼人のことがなければ──俺もそうしてたかもしれねェけどよ」
覆面頭巾が黙って、しばし蝋燭の灯りの中に静寂が落ちた。