恋口の切りかた
「まあな、話が決まったのだって去年だし」

「お嫁さんになる相手なのに? 知らない相手をお嫁さんにするの?」

「輿入れ(こしいれ)っつったって、まだ当分先の話だろ。
俺が元服(げんぷく)してからだろうし。今日顔見たから、知らない相手じゃねェだろ」

「……そういうものなの?」


留玖は納得していない様子で黙った。

なんだ?
武家の縁組みがめずらしいのか?


「他の家の話聞くと、祝言(しゅうげん)の日まで相手の顔知らないってのも普通らしいぜ」

「え……っ」


俺の言葉に、留玖は衝撃を受けたようだった。


「なんで? おかしいよ……好きな人をお嫁さんにするんじゃないの」

好きな人を……って──。

「いやいや、そりゃムリだろ」

「えっ……」

「縁組みってのは、好きとか嫌いとかじゃなくて、家と家のもんだろ。そりゃ、好きなやつとくっつけたらいいんだろうけどよ。

親父と母上はまあ、母上が親父を気に入って殿様にたのんだらしいから──好きなやつ同士ってことになるのかもしれねェけど……」



そんなことは稀(まれ)だ。

めったにない。


それが当たり前だ、と
このころの俺は思っていたし、

事実、武家の婚姻とはそういうものだった。
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