恋口の切りかた
その場にしゃがみ込んで、
袴に顔を埋めて、
声を殺して私が泣いていると、


「おそれながら申し上げます」


頭の上からそんな青文の声が降ってきた。


「この国に公儀隠密の影あり。
こたびの一件は、幕府に対して隠しおおせるものではありません」

「なに!?」

驚いた様子の殿の声がして、

「いずれ知れることならば、包み隠さず氷坂家の所業も訴えて、幕府の公正な裁きに委ねるのが良いかと存じますが」

青文はそんな言葉を放った。

「その場合……家中の奥深くにまで賊の侵入を許した我が家中にも、当然何らかの御処分があろうな」

殿の溜息が聞こえた。

「は。ですが──氷坂は我が国に害を為そうとしたのです。
敵対者は絶対に許すわけには参りません」

青文の声音は冷徹で、

ふふふ、と菊田水右衛門の笑い声がした。

「伊羽殿はそういう主義であったな」

会話が途切れて、頭上が静かになった。

私は何だろうと思って、
ごしごし涙を袖で拭いながら上を見上げて、


そうしたら、覆面頭巾の青文が、頭巾の奥の見えない目で、じっと菊田に視線を注ぐようにしていた。

青文はそれから首を巡らして、やや離れた位置に立っている藤岡仕置家老のほうにも頭巾を向けた。


「恐ろしい方々だ──」


青文は二人にそう言った。


「これが、貴殿らの筋書きか……」
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