恋口の切りかた
「だが、もう……冷たくはない……」


夜叉之助は空を見上げたままそんなことを言って、



え……?



私は不思議に思いながら、

幾分雨足が和らいではきていたものの、変わらず冷たい雫を落とし続ける頭上を仰いだ。



それから夜叉之助に視線を戻して、


彼を覗き込む私が、夜叉之助の顔に当たる雨粒を遮っていることに気づいた。



「夜叉之助……」


空を見上げたままの彼の名をもう一度呼んで、


何の返答も返ってこなくて、


開いたままの瞳から命の光が消えていることに気がついて──



ぽつりと、夜叉之助の顔の上に、彼の嫌いな雨粒がまた一つ落ちた。



それは空ではなく、私の目から落ちたしずくで、

私はいつの間にか泣いていたことに気がついて、冷たく濡れた着物の袖でごしごしと目を擦った。
< 2,229 / 2,446 >

この作品をシェア

pagetop