恋口の切りかた
【円】
「円士郎様、あなたこそが我らの次の主君です」
青文がそう言うのを聞いて、
いつか、伊羽家の屋敷で彼から聞かされた、十一年前の人生の分かれ道を思い出した。
「過去の分岐点に戻るとは──そういう意味か……」
己の身に再び降りかかってきた運命に愕然としながら、俺は平伏している藤岡たちを見た。
「殿の前でこのようなことを申すのは──切腹ものかもしれぬがのう……」
と、白髪の狸ジジイは少し顔を上げて左馬允に視線を送って、「よい」と左馬允はどこか晴れやかな表情で言った。
「そうですかの」
藤岡はしれっと頷いて、俺を見上げた。
「儂らの胸中にはの、円士郎様。
ある日突然、生贄のように担ぎ上げられて、お優しい人柄ゆえに苦しむ殿のお姿をいつも間近で拝見していて、
もしも十一年前に、違う道を選んでおったらどうであったかと──そのような思いは常にあった。
とは言え、過去の選択を誤ったとは思うておりませんぞ、殿」
藤岡は穏やかに微笑んでいる殿様に言った。
「人の上に立つ者として殿はふさわしい御方であると思うておりますし、成長してお会いしてみてもようわかったが……円士郎様は、少々奇抜なお人ですからの」
……このジジイ。
なにが少々奇抜なお人だ。
「正直に大変な問題児ですとでも言えよ」
俺が睨むと、食えないじいさんは呵々(かか)と笑った。