恋口の切りかた
「名演技だったじゃねえかよ、御家老様」

俺は霧夜に扮した与一の耳元で小さく囁き、ニヤッとした。

「前に青文がお前に依頼してたのは──これだったのかよ」

「まァな」

下役たちにつかまれていた腕をさすりながら、暗夜霧夜は頷いた。

「気になってたんだが……てめえは青文から、どこまで家中の秘密を知らされてたんだ?」

あの完璧なやり取りを思い出しながら俺が尋ねると、

「は?」

大きな傷の横切る眉間に、霧夜は皺を寄せた。

「何のことだ? 家中の秘密なんてそんな恐ろしいモン、俺は何一つ聞かされてねェよ」

「え? だってよ……別宅での会話はどう考えても、青文と同じ知識を持ってる人間にしかできねえだろ?」

驚く俺に、フン、と霧夜は鼻を鳴らした。


「狸の与一を見くびってもらっちゃァ困るね、若様。

俺が御家老様から根掘り葉掘り聞き出したのは、相手がどういう『セリフ』を寄越してくる可能性があって、それにどんな『セリフ』と『演技』で応じるかっていうことだけさ。

さすがに人心に通じた操り屋の遊水だよ。
ようく展開を読んでやがった。

あのお屋敷での会話は、ほとんど奴の台本通りさ」


俺はあきれた。


藤岡や菊田たちとのやり取りまで読んでいた「遊水」も遊水だが、

何も情報を持たぬ状態で一国の家老を演じるという無茶な舞台をもあっさりとこなして見せた狸の与一も、大した役者だ。


「その若様って呼び方だけどよ、どうやら次に会う時には『殿様』になりそうだぜ」

超一流の役者に、俺は別れ際にそう言い残して、

「は?」

何の話だとばかりに首を傾げた与一に笑いかけて、町へと引き返していく渡世人を見送った。
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