恋口の切りかた
門をくぐって屋敷の外に出た俺は、

塀のそばで覆面家老と何やら言葉を交わす黒い着物の女を見つけた。


あの女──


国崩しの断蔵じゃねェかよ。


足早に歩み寄ると、

「じゃあ、そういうことで、くれぐれもこの国には温情をよろしく頼むぜ」

と、青文が薙刀を担いだ女に囁く声が聞こえた。

女は切れ長の目で俺を流し見て、くすりと吐息を漏らした。

「そうね。そちらの坊やと言い、あなたと言い、加点が大きかったから──崩すのは氷坂だけにしておいてあげる」

雨に濡れた髪が頬に貼りついて色っぽい。

相も変わらずいい女である。

「あなたとは、今度は刃を交えずに楽しみたいわねェ」

どんな男でも一撃で殺せるような蠱惑的な視線と言葉とで、女は青文に囁いて、

「悪いが俺には愛しい恋女房がいるんでね」

青文が苦笑しているような声で言った。

「あら、私は一向に構わないけれど」

「おいおい」

「ふふ、自由に遊んでいそうだと思ったら意外に心は一途なのかしら。更に加点ね」

女の赤い唇が吊り上がって、


「何より、私の正体を見破っていたのは大きな加点よ、色男の御家老様」


覆面頭巾の下から手を入れて青文の素顔に触れ、

女はふわりと身をひるがえし背を向けた。


「正体!? 何のことだ?」


俺は慌ててその背中に叫んで、

女はぞくりとするような白いうなじに手を当てて振り返った。
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