恋口の切りかた
「ふふ、坊やが立つなら面白い国になりそう」

女は極彩色の艶やかな笑みとそんなセリフとを残して、


道端に咲いた彼岸花の横を通って、やや離れた塀の前に立っていた二人の虚無僧(*)のほうへと歩み去っていった。


虚無僧たちの顔は、当たり前だが深編笠で完全に隠されて見えない。

女はその編笠に顔を寄せて何やらひそひそと話し込んでいる様子だ。


「なんだ? あいつら、殺し屋の仲間か?」

やがてその場を立ち去っていく三人を眺めて、俺は眉を寄せて、


「あァ──真野断蔵って女はな、公儀隠密だ」

「なに──!?」


覆面の下から青文が放った言葉に目を剥いた。


──公儀隠密だと!?


「裏の世界では殺し屋を演じているがな。
幕府の命で、そうやってきな臭い国に潜り込んでは内情を探って幕府に報告している隠密だよ。

だから断蔵が関わった国は改易になることが多い。

それが、国崩しの断蔵と呼ばれている由縁だ」


「てめえ、そのことをいつから知って──」


「裏の世界で国崩しの断蔵の存在を知った時からさ。

入り込んだ国、入り込んだ国が壊滅の憂き目を見てるなんざ、普通に考えればただのデマカセだろうが──

万一『真実であったならば』、幕府の密偵の他に正体は考えられない」



(*虚無僧:こむそう。時代劇でお馴染みの、深編笠をかぶり、尺八を吹いて諸国を遊行して歩いて托鉢を受ける禅宗の一派のお坊さん)
< 2,330 / 2,446 >

この作品をシェア

pagetop