恋口の切りかた

 【円】

城の桜が満開になって、あいつの好きな薄紅色の花びらが雪のように舞っている。

「そんな変装で、どちらへ?」

花吹雪の中、城の庭を横切って歩いていた俺は、背後からそんな声をかけられて立ち止まった。

振り返った先には、思ったとおりに覆面頭巾の城代家老がいた。

「ちょっと城の外まで花見にな」

俺が言うと、伊羽青文は「そんなご予定はないはずですが」と取りつく島もない言葉を寄越してきた。

「そこら中に桜ならありましょう。花見がしたくばここでなさるがよい」

「予定にはなくても今日は大事な約束があるんだ、見逃せよ」

俺は舌打ちしながらそう言って、

「そういうわけにはゆきませんな」

青文が片手を上げて合図して、たちまち俺の周りを五、六人の家来たちが取り囲んだ。

俺はニヤリと口元で笑う。

「面白え」

腰に差していた一本差しの刀を抜き放ち、
かちゃりと音を立てて峰打ちに刀を返して構えた。

「この俺を止めてえなら、怪我をする覚悟で来な」

殿!
このような城内で刀を……!

などと、家来どもが声を上げて、

「殿はご乱心だ」

ふう、と溜息を吐き出しながら青文が言った。

「まあ、この殿はいつもご乱心だが」

覆面頭巾の下から、さらりと無礼な言葉を口にしてくれて、

「取り押さえろ」

と青文は周囲の者たちに命じた。
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