恋口の切りかた
「殿……?」

声がして視線を落とすと、
留玖が目を開けて、布団の中から俺の顔を見上げていた。

「今は円士郎って呼べよ」

俺は優しく微笑んで彼女にそう告げて、

「はい、エン」

留玖がまだ微睡みの中にいるような表情で頷いた。


「悪ィ、留玖。起こしちまったな。
しばらく追っ手は気にしなくてもよくなった。

この雨だし、今日は一日、ここで過ごそうぜ」


俺が言うと、留玖は目を擦りながらもぞもぞと上半身を起こして、座ったまま横の俺の顔を見つめた。

「追っ手ってさ──」

はああ、と彼女は溜息を吐く。


「青文さんがつけた護衛の人たちでしょう?

行く先々でまいてばっかりで──あの人たちも命令なのに、かわいそうだよ」


うるせー、と俺は不機嫌に吐き捨てた。


「俺はお前と二人っきりで修行の旅に出たはずだったのに、うっとうしい奴らにジャマされてたまるか!」




俺が国で、殿様の後継に選ばれてから二年が経っていた。
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