恋口の切りかた
「まあ、お前らには縁遠い世界の話かもしれんがな、この国でも出世するためには手段を選ばん連中が大勢いる。

そうなると当然、上には賄賂(わいろ)だ何だで私腹を肥やすやからがいるということだ」


先法家の筆頭である結城家も例外ではなく、取り入ろうとする有象無象(うぞうむぞう)のやからがたくさんいるのだそうで、

殿様に取り立ててもらえるようよろしくと金子(きんす)を積んできた家臣のナニガシかを、父上が一蹴(いっしゅう)したところ──

伊羽様が力を貸してほしいと声をかけてきたのだと言う。


家督を継いで日が浅く、城内には敵ばかりで味方のいない伊羽様は信頼の置ける味方を探していた。


「儂も手を組むなら──凡庸(ぼんよう)な者よりは傑物を、退屈な者よりは面白いやつを選ぶ。

あれは──なかなか希有(けう)な男だ」


私はあのぶきみな覆面の御家老様を思い浮かべる。

父上の話だと、伊羽様は城内でも覆面の頭巾をかぶったままで、誰も素顔を知らないのだそうだ。

なんでも、ひどい火傷だか傷だか疱瘡(*)だかのあとで、みにくく面相(めんそう)がくずれているらしく、あの覆面はそれをかくすためのものらしい。


そんな御家老と、父上の間でどのようなやりとりがあったのかはわからないけれど、


父上と御家老は共謀して、


伊羽様は自分も被害者の一人を演じることで世間の目をあざむくことにした。



(*疱瘡:ほうそう。天然痘という病気のこと。地球史上で人類の手で根絶やしにされた唯一の病気。現在は存在しないが、江戸時代にはまだ猛威を振るった致死率40%とも言われる恐ろしい伝染病。感染すると顔面を始め体表と体内の全身が膿を出すブツブツでただれ、命が助かってもひどいあとが残る)
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