恋口の切りかた
堀口文七郎は、大河道場から金を盗み出して、『ある男』に渡し、己が家督を継いだ後の出世をたのんでいたそうだ。


「このことについては、儂も以前から大河殿に相談をされていてな。

堀口が金子を渡していた『ある男』というのが偶然、伊羽殿を亡き者にしようとたくらむ中心人物だったこともあって──やつを下手人に選んだ」


伊羽青文は、鹿島神流の流れを汲む無想流槍術の達人で、

堀口文七郎の腕では到底、闇討ちになどできない相手だったらしい。


「もともとの筋書きでは──、

堀口は大河道場に駆けこむだろうとふんでいた。
大河殿にことの委細は伝えていないが、門弟の不始末をおそらく儂に相談しに来るだろう。

そこで、家の取りつぶしをまぬがれるよう口利きをするという条件で、首謀者の名だけを吐かせ、堀口には切腹をさせる予定だったが──」


父上はややあきれた様子で、

「あやつ、仮にも武士の身で死にたくないなどと抜かして、りつを人質にとるとは──!

そこまで器量の──いや、気の小さい者とは儂も読めなかったな」

そう言って、りつ様に「すまぬ」と謝った。


「いえ」

りつ様は、やっぱり幸せそうに首を横に振って、

私にはそれが、やっぱり悲しく見えた。
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