恋口の切りかた
私の心が揺れている間にも、円士郎は注意深く周囲を確認して

廊下から庭に降りて、懐から出した草履を履いた。


更に用心深く辺りを見渡し、それから彼は正門のほうではなく、屋敷の裏手のほうに向かって歩き出した。


考えている暇はない。
私は慌てて、隠れていた空き部屋からそっと外に出て、

やはり懐に入れていた草履を履いて、彼の後を追いかけた。


屋敷を囲む塀の前まで来て、彼は足を止めた。

塀の高さは六尺ほどだ。
物陰に隠れた私が、どうする気なのだろうと思っていると──


円士郎はいきなり壁に向かって走り始めた。


塀の手前には幹の曲がった松の木がある。

助走の勢いを生かして、塀の手前で跳躍して松の幹を一度蹴り──


彼は軽々と塀の上に飛び上がった。
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