恋口の切りかた
刻限は丑の刻にさしかかったあたりだろうか。

当然、辺りの民家はしんと寝静まって物音一つしない。


──が、


「エン、ここなの?」

「おう」


目の前の長屋の一室からは、こんな時分だというのに戸の隙間から橙色の灯火の明かりが漏れている。

学者先生だから、やっぱり遅くまで読み物でもしてるのかな……?


そんなことを考えていたら、


「鳥英、邪魔するぜ!」

怒鳴って、いきなり円士郎が戸を蹴破ったので私は仰天した。


えええ!?

いくら急いでると言っても──
エン、普通は戸を叩いて中に声をかけるもんじゃないの!?



何食わぬ顔ですたすたと、自らがぶち壊した戸口をくぐる円士郎に続いて、

私も恐る恐る敷居をまたぎ……



「貴様はまたこんな時間に──!
しかも、どうして毎度毎度普通に入って来られんのかね!」


中から聞こえた涼やかな声に、私はあれっと思った。

これ、女の人の声だ……。


「いやあ、悪ィ。ちょっと急ぎでな」


そう言う円士郎の背中からひょこっと顔を出して、私は部屋の中を窺って──



──灯りの中、

──血に濡れた包丁を握った女と目が合った。




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