恋口の切りかた
鬼之助は唖然としたようにしばらく黙り込んでから、「滅茶苦茶なことを言う男だな貴様は」と溜息を吐いた。

それから、俺の顔を値踏みでもするかのように眺めて、鼻を鳴らした。

「だが、悪くはない話かもな」

鬼之助はそう言って、疲れたような、険の抜けた顔になった。

「己が誰かに認められるというのは、悪くないものだな……」

小さくそう呟いて視線を落とした鬼之介の姿に俺は、

彼が持論を語った時のどこか必死な形相と、
賛同を示した者がいたかと虹庵に問われて沈黙した時のことを思い出した。


やがて顔を上げた鬼之介は、


「いいだろう結城円士郎、貴様に買われてやるよ」


何やら偉そうにそう言った。




くつくつと笑う声がして振り返ると、煙管をふかしていた遊水が立ち上がる所だった。


「面白いものを見せてもらった」と遊水は楽しそうに笑い、


またいつになく鋭い緑色の目で俺を映した。


「興味を持ったんなら、そこの御武家様のご実家がどうして生活に困窮してるか──円士郎様の知らない現実ってモンをようく聞いておきなせえ。
言っとくが、三十俵二人扶持、道場がある宮川家なんざ、まだマシなほうだ」


遊水はそんなことを言って、


「晴蔵様が俺から、一匹でいくつもの家族が一年遊んで暮らせるような、高ァい金魚を買ったのは──
それこそ伊達や酔狂じゃあないんだぜ」


と、この時の俺にはよくわからないことを言った。
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