恋口の切りかた
「源次郎の奴──今は中か──によろしくって、どういう意味だ?」

「……あいつは今、伊羽家の家来だ」

「なに!?」

「そうなの?」

円士郎と私は驚いた。


「そう言や、前に親父が伊羽青文は無想流槍術の達人だって言ってたな。
──ってことは、あの覆面野郎はお前んちの道場の……?」

「ああ、門下だ」

「なんだ、じゃあお前もあの家老についてはよく知ってるんじゃねえか?」


どんな奴だ? と円士郎が聞くと、鬼之助は顔をしかめた。


「不気味な男だ」


私たちが知っているとおりの情報だった。


「何を考えているのか知れん男だ。
ボクは好きじゃない。源次郎──中は──」


鬼之助はここで言い淀んで、何やら苦々しそうな顔になった。


「──昔から心酔していたがな」


心酔……。

源次郎があの不気味な覆面家老をそこまで気に入っていたなんて、私はびっくりした。


「弱冠十五にして家中を改易から救った有能な家臣。
二十歳にして家督を継ぎ、城代家老となり、さらに無想流槍術の免許皆伝者でもある男。

幼い頃から弟にとって伊羽は、強烈な憧れを抱く身近な英雄だったのだ」


鬼之助は、渋面を更に険しくして、


「心酔なんて生温いもんじゃないな。
弟の伊羽への入れ込みようは、『崇拝』や『思慕』と言ったほうがいい」


嘆息しながらそう言った。


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