恋口の切りかた
【円】
鬼之介の長屋を出る時、
「伊羽邸に行くならば、供の者にはあの宗助とかいう忍崩れの男を使え」
鬼之介はそんなことを言ってきた。
崩れというか……宗助は今も忍は忍だと思うが。
「んー? そんな用心は不要だと思うがな」
だいたい、五年前にしろ
結城家と昵懇(じっこん)にしたいと言ってきたのは向こうのほうだ。
「念のためだ」と鬼之介は言って、またあの、何とも言えない表情をした。
「最悪、中自身が結城家の子息に危害を加えるようなハメになったら、目も当てられん。
あとはまあ、貴様自身の目で見極めるんだな。
ハナからそのつもりの奴に、ボクから教えることは何もないが……まあ覚悟して行けよ」
「お? おお」
何やら気になる口振りだったが、俺は頷いた。
何の覚悟だ?
あの親父殿の子供であるということ以外、何の制約もない部屋住みの立場の俺に対し
相手は仮にも城代家老という重役の席にいる。
うかつな真似ができないのは、俺より相手のほうだ。
俺がそう言うと、鬼之介は万年クマ縁の目を細めて──
どこかあきれたように薄く笑った。
「本気でそう思っているのか?」
俺は、五年前に奴が一晩で反対勢力を一掃した事件を思い出して肩をすくめた。
まあ、確かに。
俺もあの覆面野郎が、
平穏無事に何事もないことを祈って大人しく御役を務めるような
そこらの年寄り連中とは全く違う相手だということは、身をもって知っている。