恋口の切りかた
「ふふ、刀同士ならばともかく──槍が相手でも一瞬でこれか」


伊羽はくぐもった含み笑いを漏らし、


「圧倒的ですね。まさか中がこうも簡単に敗れるとは」


感嘆されているのか嘲笑されているのかわからない言い方だった。



「いやいや、失敬」と伊羽はとぼけた様子で肩をすくめた。


「中には、蔵の中から私より先に円士郎殿が出てきた場合は殺せと、そう命じてあったもので」

「……おいこら」

「すっかり忘れていました。
中、私が誤って円士郎殿を先に行かせただけだ。殺さなくてよい」


──嘘つけ。


何が忘れてた、だ。

俺に襲いかかった中を止めもせずに、のうのうと傍観を決め込んでやがったくせに。


「てめえ、絶対わざとだろ」


「まさかまさか!

先程貴殿が、腹立たしい想像を私に告げたことを根に持って──とか、

やはりこのような秘密を知られて生かしておくべきではないと思い直した──とか、

ここで死ぬような者ならそもそも手を組む価値なしと思って──とか、

そんなことは一切ありませんから、ご安心を」


「…………」


わざとだろ!
こいつ、絶対わざとだろ!!


色んな意味で油断ならない恐ろしい奴だと、俺は再認識して──


「円士郎殿」

蔵の中に突っ立ったまま、覆面家老は俺の名を呼んだ。

「貴殿は、素顔すら明かさぬ男を本気で信用するおつもりか?」



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