恋口の切りかた
「ああ──まあ俺も、ここに来るまでは、手を組むならそのツラくらい拝んでからにするつもりだったけどよ……」


俺はあの息の詰まる蔵の底の、牢獄を思い浮かべて──ばつの悪い心持ちになる。


この覆面家老の秘密を知った今ならわかる。

世間で言われるような、
疱瘡の痕だとか
火傷の痕だとか……

伊羽青文の顔が醜く崩れている理由は、そういうことではなく──


「いいよ別に。顔を知らなくても、あんたがどういう人間かはよくわかったしな」


おそらくは──




──虐待の痕。





その覆面の下は、伊羽の心の傷痕そのもの……なのだろう。



いつも身近に、留玖を見ている俺にはわかる。

今日、俺に自分の過酷な過去を暴露したことだけでも、こいつにとっては相当な苦痛だったはずだ。


この上、隠したい他人の傷口を広げてまで眺めようとは思えなかった。

俺はそこまで悪趣味じゃない。



「おう、中。後で勝負するかとは言ったが、随分楽しい勝負になったぜ」

俺は中の着物を突き刺していた刀を引き抜いて納め、

「ご無礼を致しました」

中が地面に片膝をついて頭を下げて──




「そうか」と、伊羽の小さな呟きが届いた。




「私も貴殿に今日ここで顔をさらすつもりなどなかったが、気が変わった」



伊羽はそう言って



その顔を覆う頭巾に手をかけた。




「これは、私の誠意と受け取られよ……」










こうして、

俺の伊羽邸訪問は終わり──




「覚悟して行けよ」という

鬼之介の言葉の味を嫌と言うほど噛みしめて──


「何事もなかったご様子で何より」

待っていた宗助がほっとしたように口にした言葉は皮肉にしか聞こえず──


親父殿にイロイロ問い質すべく、

俺はほとんど全力疾走に近い早足で結城邸に舞い戻ったのだった。


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