恋口の切りかた
親父殿は軽く首を振った。

「風佳殿のこともある。
大河殿には儂から、事を急かずもう一年時間を置くと伝えよう」

「……留玖は──農民の出です」

俺は、まだ信じられない気分で、気になっていたことを尋ねた。

「父上や母上は、絶対認められないと仰るかと思っておりました」

「ほう? お前にも、そのような常識的な考えがあったとは意外だな」

親父殿は可笑しそうに俺の顔を覗き込んで、鼻を鳴らした。

「儂は留玖の剣の腕を買っておる。
希有な才能を持った娘だ。
武門の家である結城家の嫁となることに不服はない。

奈津は留玖の性格や心根を買っておるようだしな」

「それはそうですけれど……」

母上は顔をしかめて、

「あの子は優しい子です。
辛い思いをしている分、私はあの子には幸せになってほしいと思っているのです。
先程の様子では、円士郎と一緒になることがそうとは、とてもとても……」

とことん俺をヘコませる発言をしてくれた。


親父殿はゲラゲラ笑って、「円士郎」と言った。


「今のままではお前の妻になった後、留玖はそのことに対しても一生負い目や引け目を感じるだろう。

留玖を大切に思うなら、そこもよく考えてみるのだな」


それから、


親父殿は何を思ってか母上をチラリと見て、


「女は手強いぞ。特に己が惚れた相手はな。
円士郎、お前はこの勝負、受けるか?」


そんな風に訊いた。


「道場の勝負では何度も手合わせしているかもしれんが──
儂の見たところこの勝負、お前と留玖はまだ、互いに相手に刀も合わせておらん状態だろう。

お前も間合いをはかるばかりでは先に進まんぞ。



どうだ、留玖に鯉口を切らせることができるか?」


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