恋口の切りかた
「円士郎様には心当たり、ねえのかい?」

「あるわきゃねえだろ! あの許嫁殿にそんな相手がいたってのも未だに信じらんねーよ」

そう言う俺に、
遊水は緑色の目を意味深長に細めて、例の天魔のような表情を作った。

「──そいつは鈍いねェ」

「あァ? ……ひょっとして、あんた風佳の相手が誰だか知ってんのか!?」

思わず俺がつかみかかりそうになると、遊水は「さァて、どうかね」と含み笑いをしながら言った。

からかわれているような態度に俺はやや憮然として──

それから、

ある可能性を思いついた。


「オイ……まさかその相手、あんた自身じゃねえだろうな」


遊水は盛大に吹き出した。


「おいおい、エンシロウサマ!
顔色変えて何を言い出すかと思えば……!

俺の腹をよじれさせてどうしようってんだ?
さすがに俺も、アナタサマの許嫁とわかってる武家のご息女にちょっかい出したりはしませんぜ? ご心配なく、だ」

クソ──。

抱腹絶倒する遊水を忌々しい気分で睨み、「で?」と俺は言った。

「鬼之介のところにあんたが何の用だ?」

俺たちは今、宮川鬼之介新三郎三太九郎太郎五郎衛門之進の長屋に向かっているところだった。


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