恋口の切りかた
「これで七不思議のうち五つですか。では残りの二つは俺が。
他に言われているのもののうち一つは、あばら寺の動く死体の話ですね」

宗助がボソボソと言った。

「住職が死んでから手入れをする者がいなくなって荒れ放題になった浄泉寺という寺があるのですが──そこに尼僧の姿をした亡者が現れるのだそうです。

朽ちかけた体を引きずって寺の中を徘徊し、その顔は頬の肉が腐り落ち、目玉が垂れ下がったそれはそれは凄まじい有様だと聞いております」

「近づいてはいけない場所」がまた増えた。

浄泉寺もダメだ。
絶対に近づいてはダメだ。

私は胸に刻みつけて、


「最後の一つは、川縁の柳の木の下に現れる女の幽霊でございます」


えっ……!?

宗助が続けて話し始めた怪談を耳にして凍りついた。
川に全く近づかずに城下を歩き回るのは──ちょっと無理そう。

しかも私が一番嫌いで、
一番よくある幽霊話の類のようだった。


「薄暗い日や、夕暮れ時、柳の木の下にさめざめと泣く女が佇んでいるのだそうです。
これが大層美しい女のようで、どうした何を泣いているのかと男が話しかけると、ふうっと消えてしまうのだという話でございます」


泣いている女の人を見かけても話しかけないようにしよう。

普通の人だったら気の毒だけれど、見なかったことにしよう。


私はそう決めた。


「女のすすり泣く声が聞こえると言えば。
兄上、姉上、最近どうも屋敷内でも奉公人たちが騒いでいますが、ご存じでしたか?」

冬馬が顔をしかめてそんなことを言い出したので、私はぎょっとした。

「な、なにそれ……?」
「初耳だな」

私と円士郎は口々言って、冬馬は話を続けようか少し迷うような様子を見せてから、ためらいがちに口にした。

「それが……言いづらいのですが、奉公人の話だと、夜な夜な女がすすり泣くような声や、その……読経を上げるような声がですね──」

冬馬はこう言った。



「この部屋の中から聞こえてくると」



< 937 / 2,446 >

この作品をシェア

pagetop