恋口の切りかた
背筋が冷たくなった。

「し、知らないよ!」

私は悲鳴を上げた。

「なにその話! 聞いてないよっ」

そんな場所でこれまでずっと怪談をしていたなんて──冗談じゃないと思った。
今すぐ部屋を飛び出したくなったけれど、一人でどこかに行くなんて無理そうだ。

「へえ? おい、宗助。お前もその女のすすり泣き、聞いたことあるのか?」

円士郎がのんきに宗助に声をかけた。

「いや、俺は……」

宗助も何やら歯切れの悪い調子になって言い淀んだ。

何よ何ようっ。悪い冗談はもうやめてようっ。
私が半泣きになっていると、

「実は……女の泣き声を聞こうにも、今夜までこの部屋に近づいたことがなかったので」

宗助はそんなことを言った。

「なに? そりゃどういうこった?」

「この部屋には近づくなと晴蔵様から言われていたものですから──その言いつけを守っておりまして。
今日、円士郎様の命を優先させて、初めてこの部屋に立ち入りました」

「親父が……そんなことを言ってたのか」

さすがに円士郎も怪訝そうになる。

「ほほう。何かいわくのある部屋、ってことかい」

何が楽しいのか私には全くもって理解不能だったけれど、遊水が面白そうな声を出して、クックック……と低く笑った。

「ククッ……じゃァ、あれかねェ。
俺はこの部屋に入った時からずうっと気になってたことがあるンだが、それも何か関係があるのかねェ」



な……なに? 何なの?



いつの間にか、私は円士郎の膝の上に乗って彼に抱きついてしまっていたけれど、もう恥ずかしいとか構っていられなかった。


「気になっていたこと? 何だそれは?」

冬馬が遊水に問いただして、
遊水は部屋の真ん中に置かれていた行灯を手にして立ち上がり、大きくかかげ持って──

「いえね、この部屋の天井に……」


青い行灯の光が、天井を照らした。
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