恋口の切りかた
遠くで犬の遠吠えがしている。

いつもの城下のはずなのに、
深夜の町は、あんな話を聞いたせいか見知らぬ場所に迷い込んだような気がする。


星明かりの下、提灯を手にした円士郎の腕につかまって、私はおっかなびっくり歩いていた。

「お前って、昔からこんなに怖がりだった?」

一つ目の浄泉寺に向かって、闇にそびえる民家の影を横目に真っ暗な道を進みながら、円士郎が言った。

ちょっと笑っているような響きが混じった声で、私は恥ずかしくて円士郎の顔を見上げることができなかった。

「そ、そうだよ」

「えー? でもよ、日が暮れても一人で平気で帰って行ってたじゃねえか」

円士郎の言葉で、私がまだ村にいた頃のことを少し懐かしく思い出していたら、

「あ……」

円士郎が何かに気づいたように気遣うような調子になった。

「ごめんな留玖。嫌なこと思い出させちまったか?」

頭の上から降ってきた優しい彼の声に、恐怖とは違う音を立てて胸が大きく鳴った。

円士郎の中では、村に関する話題や結城家に来るより以前の出来事は全て私に対する禁忌のような扱いになっているのか、うかつなことを口走ったことを後悔する様子がありありと感じられた。

そっと顔を上げて窺うと、心配そうに私を見下ろす円士郎と目が合った。

「ううん、大丈夫」

どきどきしながら、私は微笑んだ。

「別に、昔の話は嫌じゃないよ」

円士郎が大切に思ってくれている。

それが伝わってきて、
嬉しいだけではなくて、胸の奥をきゅうっと握りしめたような感じがした。

「だって、エンと出会った頃の大切な思い出だってたくさんあるから……」
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