キラめく堕天使

グラスの中身は、天井の色とは関係なく、青く澄んでいる。

「美酒よ」

 クスクスと、堕天使たちが笑う。

その笑い声が、急に頭の中をくすぐるように、心地よく響いた。
 
瞬間、彼女たちの滑らかな仕草や妖艶な雰囲気が、自分の中にまとわりついてきた。

ただの視覚的な情報だったものが、自分を虜にしようと、実体化して迫って来るように感じる。

見えない幾つもの手にからめとられるように、オレは言いなりになってしまう。
 
空っぽの頭で、グラスに手を伸ばす。

冷たくて硬い感覚。

なぜだが、感触だけで、そのグラスの薄さがわかる。

それを受け取る。

堕天使が、するりと手を放して、ゆっくりと手をおろす。

オレは、そのゆっくりとした動作と、彼女の薄笑いを見ながら、グラスに口をつける。

指で感じたとおりの、薄いガラスの感覚。

ゆっくりと傾けると、冷たい感覚が流れてきた。
 
無味無臭の、水よりも、味のない液体。

「あら、本当に人間なのね」

誰かがつぶやいた。
 
オレは呑み込み損ねて顎を這う水滴をぬぐって、首をかしげた。

「そのお酒は、飲むと人間になるお酒なの。悪魔や天使を、人間にまで堕とす、そういうお酒」

 オレはグラスを銀髪に押し戻した。

こいつら、悪魔だ。

オレが、人間じゃなかったら、どうしてくれたんだ。

自分たちと同じように、オレを、人間に変えるつもりだったなんて。

それも、軽い遊びとしか思ってない感覚で。

彼女たちが、ケラケラ笑う。

天使じゃなくなさされるのが、わかる。
 
と、急に嫌な予感がした。

何だろう、今起こった中で、何かが、シグナルを発している。

何なのかは、わからないのに。
 
オレは走り出した。

ルナのいた場所に帰らなければ。
 
 幾つもの角を曲がってそこに行きついたのに、一瞬、身を引いて壁に隠れた。
 
ルナが、いるハズの部屋に、布の老婆の後姿があった。

そっと覗くと、老婆越しに、ベッドに座り、陶器のグラスを手にしているルナの姿が見えた。

さっき、自分の飲んだものがダブる。

シグナルのもとは、これだったのか。

「駄目だ。飲んじゃ」



 
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