揺れる、山茶花
「…赤鼻」
ちゅう、と触れ合った唇が鳴った。
濡れた互いの唇が甘くて甘くて、甘過ぎて。
虫歯が痛む気がして、また泣いた。
「ぜんぶ、準備期間だったんだ」
蛹が孵って蝶になるのと同じように。
「どんなに辛くたって苦しくたって、それはきっと、次に倍の幸せを掴むための大事な大事な、栄養になるよ」
優しい赤鼻。
えくぼのかわいい赤鼻。
なんだか、どうしようもないくらい、愛しくなって。
「もう、まだ泣くの」
呆れる赤鼻。
でもやっぱり、その柔らかな空気は、私の全てを赦して、包んでくれる。
嬉しさや優しさや愛しさが、なにもかもが胸を占めて。
飽和状態。
あぁだから、私の狭い体に収まりきらなかった想いのあまりが、涙となって言葉となって、優しい外に流れてく。
「赤鼻、赤鼻」
けれど素直に、好きだなんて口に出来なくて。
代わりに何度も、赤鼻を呼んだ。
本当の名前なんかどうでもいいから。
普段何をしてるかなんてどうだっていいから。
だから今、この瞬間に、私を抱き締めていて。
荒波の世界から、この山茶花の周りだけが、赤鼻の腕の中だけが、凪いでいる。