揺れる、山茶花
「……あ」
金曜日の夕方。
会社を後にした私の目に映ったもの。
「あか、はな…」
私が歩く歩道の先。
赤いポストの下に、うずくまるように座る、体の大きい男。
顔は見えない。
でも、見間違う筈がない。
「赤鼻!」
ヒールで走った。
爪先が靴先に詰まって痛い。
けれど早く掴まなきゃ。
あの柔らかい髪に触らなきゃ。
あの優しい笑顔を、見なくちゃ、私は駄目になる。
カツカツとヒールが耳に障って、けれどそんな事、大した問題じゃない。
赤鼻、赤鼻、赤鼻。
息が切れて叫べない分、頭の中で喚き散らした。
私とすれ違う通行人達がおかしな顔でこっちを見てる。
煩わしい。
でも、あともう少し。
服を掴んで、抱き締めてキスをしなきゃ、私きっと死んでしまう。
酸欠の喉が無様な音を出す。
もう少し。
赤いポストは目の前だ。
呼びたい。
顔を上げて。
こっちを見て。
あと少し。
「赤鼻…っ」
―――届く。