揺れる、山茶花
カサリ。
触れた感触に目を見開いた。
柔らかなセーターを掴む筈の私の手は、固い滑らかななにかに触れる。
「え…」
走りすぎて頭がぐらぐらする。
焦点の定まらない視界に甘い花が映っていた。
ポストの脇に植えられた一本の山茶花。
私が力一杯握ったせいで、大きな花の塊が音を立てて地面に落ちた。
「───、は…」
荒い呼吸の合間、嘲笑が漏れる。
なに、馬鹿なことしてるの。
呼吸を繰り返す。
冷えた空気が肺に滲みて涙が込み上げた。
落ちた山茶花を、力任せに握り潰す。
息が詰まる。
それは決して、全力疾走したからじゃなくて。
視界が定まらない。
握り潰した山茶花から、死んだ蜜蜂が転がった。
「…っ」
通行人の目も気にならない。
ただ甘い匂いに誘われるまま、地べたに座り込んで泣いた。
赤鼻。
可愛い赤鼻。
私の大切な赤鼻。
私にキスする赤鼻。
私を包んでくれる、紅い山茶花。
ねぇ、私を赦してくれる?
臆病で自分勝手な私を赦してくれる?
───あぁ、赤鼻の柔らかな残像が、私の中で氾濫する。