鎌倉物語
第一章
一節
舞う風に砂を見た。見たと同時、頬に砂が当たった。風はそのまま海岸沿いを行った。砂は寄せる波の中に消えた。
私は鎌倉海岸を歩いていた。稲村ヶ崎から海に降り立ち、右端の腰越までを歩くつもりでいた。
私は浜辺に一人だった。今まで何度も歩いたが、人がいないのはそれまでになかった。
煙草を吸いながら黄昏れている者に会ったし、風に麦藁帽を飛ばされる子供も見た。水平線に浮かぶ夕日に見とれた男女もいれば、泣き崩れた男女もいた。
決まって誰かが海にはいた。波乗りをしている者すらいない海は、今までになかった。浜辺には風だけが歩いていた。