鎌倉物語
 
 名前を聞くと、女性は照れ臭そうに下を向いた。自分を表現することが苦手な私にはその仕種が何だか解る気がして、堪らなくなった。

はにかんだ後、顔を起こした彼女の表情は真剣なものに変わっていた。一転して今度はじっと私の目を見つめてくる。長い睫毛に大きな瞳は、私の眼の奥深くまで見透かしている様だった。私は思わず下を向いてしまった。美しかった。

「……ごめんなさい」

思わず顔を背けた私に、出て来た言葉は、どうしてか謝辞であった。彼女はその様子が可笑しかったのか、口元を細い手の平で隠し、くすくすと笑い始めた。私も恥ずかしさを紛らわす意味で同じ様に笑った。その様子をみた彼女は、とうとう堪えることが出来なくなったのか、今度は憚ることなく笑い始めた。

私ももう大胆に笑うしかなかった。彼女の笑みは、非攻撃的で、繊細で、包括的で……、まるで作りの良い高級綿のような笑顔だった。


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