鎌倉物語
しばらく笑った後、彼女は手を胸に当てて、息遣いを気にした。そして、ふうと大きな深呼吸をし、少しして落ち着くと、彼女は赴ろに口を開いた。束の間の後、彼女の口から出て来たのは、彼女の名前だった。
「私は永里結子というんですよ」
(永里ゆう……)
私はようやく名前を聞いた。過去に自分が助けた者の名前を。しかし名前を聞いても私の記憶からは何も掘り起こされなかった。瞬間、頭が真っ白になり、いよいよ訳が解らなくなった。私の混乱を察したのか、彼女の話は続いた。
「『鎌倉海岸』という絵をご存知ですか?」
「え?」
――私の頭が増々混沌としていく。
「八年程前に紙上で発表された絵です」
「お描きになられたのですか?」
「はい。私の作品は審査委員特別賞で…」
「……!」