鎌倉物語
 
 そのこざっぱりと清しい風景は美しく、私の胸は静かに高鳴る。
ああ、何と云う静けさ。
煩わしきは、人々から発する脈動の雑音。

歩きたい。ただそれだけの事であつたのに、不意に訪れた静寂の時に、堅く重い頭をもたげる。


何故人間は、風景の一部分になりたがるのだろうか?

いつだって、ここには風があり、光があつた。
それだけでドラマチックではないのか?
ドラマチックな風景に自分を落とし込む事で、悦に浸り、どうなるものか?

振り返れば、稲村ヶ崎から砂浜に降り立つた私の後に、残る歩の跡。

ああ、私までもがこんなに見苦しい景色を作り出してしまった−−。

私は歩みを止め、海に向かって歩いた。

水しぶきがあがる。
くるぶしが浸かる程の深さを、波打つ流線にそって歩けば、足跡を残さずに済むと考えたわけだ。




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