鎌倉物語
「ご心配なく、四宮さんが私の顔を覚えていらっしゃらなくても当然ですから」
まるで私からの返答を見越していたかのように、彼女はそう言うと、風になびく黒髪を片手で押さえながら、にっこりと笑った。
「どうも、すみません。
お恥ずかしい話ですが、人の顔を覚えるのが昔から苦手でして…」
私はバツの悪い顔色で頭を掻きながらも、内心では、早くにこれを打ち明けられた事に深く安堵をしていた。
そして、とにかく浜に上がろうと、なるべく水しぶきを上げないように歩を進めた。
浜に上がると、細かく白い砂が水を吸った私の衣服に纏わり付き、団子のようになった。
その様子を見ていた彼女は、可笑しそうに笑うと、
「助けて頂いたのですよ、四宮さんに」
とだけ、簡単に呟いた。
「え?」
助けたって?この人間嫌いな私が?
私は先程より近くなった彼女の顔を、もう一度しっかりと見直した。