オレンジ
――沈黙。
居たたまれない空気に、やっぱりやめときゃよかったと死ぬほど後悔していると、
「兄さんの部屋、入っちゃったんだって?」
静かな笑顔で、涼輔さんが口を開いた。
「は、入っちゃったです。」
わけのわからない日本語でそう答える。
「びっくりしただろ?」
「…はい。」
素直に頷く。
「本当は、ポルノを書きたくて書いてるわけじゃないんだ。」
「え?」
「うちの両親の仕事が思うようにいかなかった時、僕たちのことを心配して、少しでも賃金の多い仕事を選んだんだ。光輔は知らないだはずだけど、繊細な奴だからきっと気付いてるんだろうな。アメリカから日本に帰国することになった時も、光輔は文句一つ言わなかった。」
宗輔さんのふにゃりとした笑顔と、光輔くんの明るい笑顔が浮かぶ。
「本当は純文学が書きたいんだよ。でも兄さんは、僕たちには絶対にそれを見せない。ポルノを書くことで、結婚が決まっていた相手とも別れることになった。」
「え…」
「相手の両親が反対したんだよ。兄さんは、まだ遊びたいからね、とか言っていたけど。」
あの優しくて穏やかな宗輔さんにも、心の内に隠された悩みとか苦しみがあるんだ…。
私はとても、泣きたい気持ちになってしまう。