キャンディ
そしてやっとその日の午後、撮影に入った。

「どうして兄さんを殺したの?私が彼の妹だとわかってて抱いたの?」

そばでは警察官の撃たれた体が横たわっている。

「どうせ私も殺すつもりだったんでしょ?」

到底演技とは思えないケビンの表情がディレクター‐カメラ一杯に映し出された。

それは見る者も息を呑む、まるでやっとこの世に生まれ出(いずる)ことのできた赤ん坊が、母親の乳房を始めて口にするような、そんな表情。

祈りの表情だ。

それが目一杯表現された迫真の演技だった。

ヒロインの女優も不本意にケビンの表情に魅せられ、つい息を飲んでしまったが、プロとして演技を全うしようと台本どおり警察官のピストルをとった。

撮影前の説明にあったように、そのピストル、グロッグ9のセーフティロックはすでに外れていた。

そして何度も練習したように、ケビンの細工が施されている左足をめがけて撃った。

パーン!

さくらにとって、とても聞きなれた音がした。

「こっちにこないでっ!」

女優が台詞をいう。

そして、ケビンが這いずって女優のほうへと進む。

しかし、足に施された細工にしては大量の血が流れ、それは止まる気配がなかった。

次の瞬間、外から飛び込むようにさくらがケビンの前へ躍り出た。

するともう一発の銃声が軽く風にのって響いた。

パーン!

― そうだ、この音だ。この軽い音だ。

さくらの肩から大量の血が噴出してきた。
その細い体も、大きく斜め後ろへ突き飛ばされたように倒れこむ。

この瞬間、さくらはルイに戻った。

「さくら…。」

ケビンが力なくさくらの頭をもたげ、両腕で抱いた。

< 45 / 66 >

この作品をシェア

pagetop