僕はその手をそっと握ることしかできなかった
コンクール当日。

ボクは空撫さんが気になって会場に向った。

あの時の沢田副部長を思い出すと、すごく嫌な予感がしたんだ。

空撫さんが指定した時間は十時。時間はとっくに過ぎている。

予感が当らないで欲しいと思いながら、会場に着くと嫌な予感は的中した。

空撫さんは会場の前にいた。

赤く細身のドレスが良く似合っていた。

メイクをしたせいで、大人びてまるで知らない人のように見えた。

「空撫さん、おはようございます」

「椎名君、おはよ」

いつも見たいな挨拶を返してくれるけど、その表情は冴えない。

「あの、副部長は?」

「ドタキャンってか、連絡も来ないけど」

最悪だ。あの人はなんてことを!

ボクはそっと空撫さんの手を握った。

小さくて、細い彼女の手は震えていた。

ボクには彼女を抱きしめてやることなんて出来ないから、せめて手だけ繋いであげたかった。

「椎名くん、ありがとう。ねぇ、演奏聴いていってよ」

「はい」

空撫さんはボクの手を引いて会場に入った。
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