僕はその手をそっと握ることしかできなかった
「ピアノを選んだってのか!オレとの約束はどうなる?約束しただろ、剣道で全国制覇するって言ったじゃねぇか」

「約束、最初に破ったのアンタでしょ。私にばっかり約束守れなんてズルイこと言うな色ボケ男」

「オレがいつ約束を破ったってんだ」

「沢田くん、最低」

空撫さんは低い声を出して、沢田さんを睨んだ。

居た堪れない気持ちになった。

「ヒントをやる。二人が幸せになった日、私はピアノを選んだ。沢田君が約束をやぶらなかったら、沢田くんとの約束ちゃんと守ってたかもね」

周囲に誰も寄せ付けないオーラを放っているようで、空撫さんには近づきがたく、それ以上何も言わず、教室を出て行った。

「翔真くん、空撫ちゃんと何があったの?」

美朝さんが尋ねても、沢田副部長は何も答えない。

青褪めた顔を片手で押さえて、荒い呼吸を繰り返していた。

ようやく、彼は自分の過ちを悟ったんだ。

ほんの少しの配慮だったんだ。

行けないとメールや電話すれば、少しは何か変わったかもしれない。

空撫さんが弾いたのは誰もが知っている、キラキラ星、そしてエリーゼのために。最後に別れの曲だった。

どれも、素晴らしい演奏だった。

心に染み入るような演奏は、クラス全員の心の中に深く刻まれた。

二人にもきっと。
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