ー親愛―




“香坂さん。改めまして、自分が入所主任の多田慎二です。”



丁寧にゆっくりと挨拶を交わす




まるで初めて会ったみたいに違う 仕事の顔




“それでは…”




と、現場に案内される




ガラス越しに見える桜の樹や チューリップの花が咲き誇る 渡り廊下を歩く




3歩程前を歩く広い背中を見ながら ぼーっと《あの背中にはキリストの刺青》があるんだ…。って、思っていた




綺麗に磨かれた廊下




他愛ない笑い声




コーヒーの香り







ここが施設だという事を忘れてしまう






“さぁ。皆さん、今日から仲間入りした香坂さんです。”




利用者と職員が楽しくコーヒーを飲み 談笑している空気を壊す事なく ゆっくりと優しく私を紹介する




“香坂です。よろしくお願いします。”




私はそう一言挨拶しただけで 90才ぐらいの腰の曲がった小さなおばあちゃんが“こちらこそ、お世話になりますよ”と、小さな湯飲み茶碗にコーヒーを入れて 持って来てくれた




それから 何人もの、おじいちゃん・おばあちゃんが寄って来ては “結婚しているの?”とか “どこに住んでるの?”とか 自分の故郷の話をしてくれた。




あまりにも楽しくて、仕事を忘れてしまった…




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