夜獣2-Paradise Lost-
変わりはないが、誰かが住んでいるような空気を感じられない。

親に産み落とされた事を感謝すべきなのか、不幸ととるべきなのか。

今の僕にはどっちとも取れない。

だが、思いに関係なく、進むべき道は一つしかないのだ。

自分の家の未練を断ち切り、足を進めた。

歩いて数歩、僕は足を止めざるを得なかった。

「引っ越してしまったのか」

懐かしさの欠片はなく、家だった場所は見る影もない。

家は取り潰されており、空き地となっていた。

夕子が世界から消えてしまったからだ。

「くそ」

一人の男によって、歯車は狂い始めた。

僕の不甲斐無さを恨むしかない。

弱者だから希望のない結果を生み出した。

過去に強ければと望んだところで取り戻す事はできない。

何も帰ってこない。

現実が怨嗟の声を紡ぎだす。

「夕子に何もしてやれなかった」

膝を付き、土を舐めるような形で深く土下座をする。

唇を強く噛み、皮が千切れて血が流れる。

血の味が脳裏に刻まれた陰惨な映像を鮮明に映し出す。

飛び散る破片、消え行く命。

拭い去る事のない怨恨。

「夕子、お前に出来る事が一つだけある」

嫌という程飲まされた血の味は忘れない。

僕に嘆く時間はない。

「乾をお前の元に送ってやる」

夕子は一人だけ、世界からこぼれ落ちた。

僕たちの世界と夕子の世界は違う。

死んだ先が一人では、寂しいだろう。

寂しさを消す方法があるとすれば、傍に愛する者がいる事ではないのか。

「都合のいい理由だ」

理由を転換してはならない。

本当は、自分の中にある怨恨を晴らすためだ。

「終わらせよう」

僕は立ち上がり砂を払うと、前へ進む。
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