夜獣2-Paradise Lost-
肆:「残念だったな」
「ええ、あの状態でしたら、さらに酷い怪我を負っていたかもしれません」

耳に聞こえてくるのは、柔らかい女の声。

僕が横たわっているのはベッドの上だろう。

コンクリートとは違う柔らかい感触があったからだ。

僕は、負けたのか。

「傷は一日や二日程度あれば回復するでしょう」

女は誰かと話している。

眼を開けることも出来ず、口も開くことも出来ず、女に何も訴える事が出来ない。

金縛りにあったかのようだ。

「耕一さんは無理をしてでもまた行きます。今は前だけしか見えていませんから、致し方ない事です」

ポタポタと水滴が頬を伝わる。

体温ぐらいはある液体、誰かが傍で泣いているらしい。

次第に金縛りが解けてくるように、意識もはっきりしてくる。

目をゆっくり開けると、女が二人いる。

「僕は、やらなくちゃならない」

拳を握ると、執念は折れていない事を感じた。

「このまま、終わる事など、出来ないんだ」

掛け布団をどけて、立ち上がろうとする。

しかし、前の戦闘の傷は治っておらず、痛みが全身を疾走する。

二人を確認せずに通り過ぎようとしたところで肩を持たれ、方向転換させられると脳を揺らすようなビンタを貰う。

頬の痛みよりも全身の痛みのせいで、力なくヒザを着いた。

「あんたは何もわかっちゃいない!お姉ちゃんの気持ちも、アキラさんの気持ちも何もかも!」

涙声は怒声となりて、僕を叱咤する。

窓際に立っている一人は渚だという事は何となく解っていた。

目の前にいる一人は、この世から消えた彼女と同じ血を持つ佐伯桜子だった。

桜子はとめどなく涙を流しているようだ。

「僕の邪魔をするんじゃない」

僕は敵を滅するために立ち上がろうとしたが、桜子は僕の襟首を掴んで離さない。

「あんたはどこまで腐ればいいのよ!」

「僕は自分のやるべき事をやっているだけだ」

他人の批判など気にしてはられない。
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