夜獣2-Paradise Lost-
静かな足取りで近づいてくる。

「神崎さんの心が少しでも癒されるのであれば苦痛はありません。いくらでもこの身を捧げます」

僕の背中に腕を回してくる。

眼前に赤とは真逆の白い肌が映し出されている。

整った顔にスレンダーな体は完璧という言葉がお似合いだ。

瞳は赤から黒に戻っており、誰も到達することの出来ない深い闇が潜んでいる。

僕は何も出来なかった。

「体を楽に」

僕は生きる気力などない。

何も変わらない。

それが、雪坂に身を任せたとしてもだ。

ベッドに倒されると、雪坂は温かみのある体を当ててくる。

「僕は」

「今だけは何も考えなくてもいいんです」

雪坂と僕は混じり合う。

何も満たされないし癒されない。

何が起こったかすら覚えていない。

結局、何も変わらなかったんだ。

どれくらいの時間が経ったか解らない。

雪坂は裸のままで、紅い瞳でこちらを見ている。

「私はずっと傍にいます」

僕は上下に服を着て、部屋から出る準備をする。

「あなたに協力したいんです」

雪坂の言葉にも振り返ることなく、部屋を出た。

部屋の外の長い廊下は洋風な部屋と違って、古い板でできた和風である。

僕にとって必要なのは現在でもなく未来でもない。

過去にすがって生きることしかできない人間なんだ。

雪坂がどんなに構ってくれようが、僕は現在を見ることが出来ない。

未来は恐怖なんだ。

夕子の存在が見えなくなる。

大きなモノを失ってしまいそうなんだ。

僕は闇に堕ちて行く存在。

光の当たる場所は場違いだと否定されるのも受け入れる。
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