夜獣2-Paradise Lost-
生暖かい初夏の風が、肌をくすぶる。

僕はフェンスに近づいていき、広大な世界を眺める。

そこには、いつもと変わらない街並みが佇んでいた。

その中に、自分の住居していた場所が見える。

今は誰も住んでいない。

隣の家も、蛻の殻。

「渚、世界はこんなにも広いのに、何で夕子だったんだ?」

「成り行きとしか、言いようがありません」

街並みから目を離して、答えた相手の方向に振り向く。

渚は風によって髪を揺らしながら、無表情にこちらを見ていた。

「あの時、お前は、僕の死にたくなる気持ちが解ると言ったな?」

「ええ」

「何故だ?」

一陣の風が吹き荒れた後、渚が口を開く。

「愛する者が何度となく死に行く事がありました、愛する者を殺害した事もありました」

重苦しい空気が渚の周りに纏わりついている。

「色々と苦しむ事はありました。しかし、それは逃れる事の出来ない事実なんです」

ここではないどこかで、雪坂渚という女はどんな体験をしたのか。

「お前は、何故、立っていられる?」

「私が死ねば彼らの存在は無くなってしまいます。私が生きている限りは、彼らの存在は消えません」

そして、重苦しさを取り除いた微笑を浮かべる。

「私は寿命が尽きるまで倒れるわけには行きません。私は彼らを証明するための存在ですから」

渚は孤独に耐えられない。

しかし、死んだ人間達のために死ぬわけにはいかない。

「お前は、生きるために傍にいる奴らを利用しているわけか」

「私は、きっと、あなたの事も」

「それでいい」

僕は渚を利用している。

渚も僕を利用している。

問題は、どこにもない。
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