夜獣2-Paradise Lost-
「桜子、『奴』は女でも容赦しない男だ。命乞いをしても手遅れだぞ」

構えを取り、桜子を見据える。

無抵抗な人間だとしても、僕は戦う。

今の僕は、『奴』と変わらない。

僕は取り返しの付かない行動に出ようとしている。

しかし、勇気と無謀を履き違える者の最後は知れたもの。

取り返しがつかなくなるのは、乾の元に辿り着かせた時。

「行くぞ」

屈服させるためのボディーを放つ。

だが、拳は桜子の横を通り過ぎていた。

「何?」

横から飛び出た渚が、タックルで僕の拳をずらした。

「ここで止めてしまえば、更なる犠牲を増やすだけだ」

「大切な者を自ら傷つける後悔は、させません」

目前にあるのは、哀しみの眼ではない。

意思の通った真っ直ぐな眼。

体を力強く振ってみるが、渚は僕の身体に纏わりつくように離れない。

何故か、渚の体に拳を叩き込む事は出来なかった。

「ぐ!」

唐突に頭痛が起こる。

目眩を起こし、渚に抱きつかれたまま肩膝を付いた。

「何だ?」

目前には学校の風景とは別の、見た事もない風景がぼやけながらも映っている。

風景の中に、続く緑、民族衣装、人々の歓喜した姿が映っている。

隣には、民族衣装を着た髪の長い女性が、笑顔を浮かべていた。

温かく、懐かしい、そんな印象を与えた。

だが、それは刹那。

また元の場所に視界が戻っていた。

「はあ、はあ」

汗が額から流れている。

渚と桜子が心配そうな顔で見つめているようだ。

「絶対に、行かせない」

続行しようとしたが、四肢に力が入らない。
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