なみだのあと
第一章「ユミとヒロキ」

第一節「嘘」

「嘘つき・・・」

ユミは泣いていた。

昨日の夜、ユミは新宿を歩いていた。
中学時代からの同級生達との飲み会の帰り、突然目の前に信じられない光景が飛び込んでくる。
目を疑った、何度も見直した。
酔いのせいではなかった、その場にいた親友のカオリも立ち尽くすしかなかった。

「ヒロ・・・」

呼ぼうとして、すぐに止めた。
どうしても声が出てこなかった。
もしその名を呼んでしまったら、すべてが壊れてしまう。
そんな気がして。

「ねえ、行こう」

小さくつぶやくカオリにうながされて、ゆっくりと歩みを進めはじめた。
時間にすればほんの数秒の出来事。
でも、ユミにとっては何時間にも感じられた。
まだ頭の中を整理出来ない。
ひとり、何度も何度もつぶやいた。

「嘘つき・・・」

誰もそれに答えてくれる者はいなかった。

一夜明けて、セミの声が響きはじめる頃、まだユミは眠れずにうずくまっていた。
夢であってほしい。
昨日の酔いも影響しているからか、視界はぼやけていた。

突然鳴り響いた携帯電話に目を落とす。
「ヒロキ」からの着信だった。
取ろうと手を伸ばして、またすぐに止めた。

二度目の着信を聞いたのは、お昼過ぎだった。
メールで一言、「どうした?」だった。
相変わらずの愛想のないメールに、余計に頭が痛くなる。

「どうした?」じゃない。
聞きたいのはこっちだ、昨日のあれは何なのか。
一緒にいた女性に見覚えはなかった。
それがまだ救いだった。
少なくとも知り合いの裏切りではないと分かったから。

きっと、こんな悩みも今だけ。
ちゃんと聞けたなら、それも今すぐに消えるのかもしれない。
でも、聞けない。
聞けばきっと後悔する。
知りたい、でも知りたくない。
どうしようもないジレンマに悩まされながら、いつしか眠りに落ちていた。
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