近代絵画芸術家の肖像
第3章
それからしばらく彼と会う機会がなかった。

そして彼を知る友人から連絡があり、彼が教室にきておらず、おまけに毎年2月に彼が出展していた絵画の展覧会にも出品してないことを聞かされた。
その友人が彼の自宅に電話をかけて確認してくれたそうだが、その電話も通じなかったそうである。

友人は「お歳だったし、何か体調をくずして老人ホームか親戚家族に引き取られたんだよ、もしかしたらもうここにはいなくて、お空に向かわれたかもしれないよ。」という。僕はその言葉に、感情が炎のように膨れ上がり、すぐに鋼鉄のように硬くなって、行き場の無い怒りを抱いたことを覚えている。

彼は典型的な近代絵画芸術家の肖像のように、孤独を自分に背負わす人間だ。
いまでも孤独が何かをもたらしてくれると思っている。
何ごとにも自分を押し通しすぎて人とぶつかり生きにくそうだった。

現代社会との衝突にも負けずに、自分一人で強く生き抜いていた人間だった。
東京の暮らし、地方出身の人間。親戚も関東にはいない。

東京に用意されているものはなく、人もステイタスも当たり前のこととして、生活をつくり、すべてを自分で生きる為の目的と、好きな芸術を養い為に、二つの生活を賄い続けなくてはならない。

彼は何処に行ってしまったのか?

「ただいまおかけになった番号は現在お使いになられません。」

電話のアナウンスが聞こえてくる。

「ご使用になれません。」

という言葉に東京で暮らす人間の何か薄暗い空漠を感じる。

「彼は死んだのか?」

僕の勝手な思い上がった不安である。
彼と僕との間に何もなかったのか、電話一つ、住所一つ見失えば人と人の関係は整然と遮断されてしまう。
僕にできることは彼についての記憶の中で彼の行方を思うことしかできない、生きていても死んでいても、東京の現実がここにあるだけだ。

東京のみじめな世界観が人のお墓となりポッカリ空いているように思える。
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