花の都

1.西の大神殿

「丁度よい機会だ。巡礼の旅にでも出て、見聞を広めてきたらどうだ」

それは本当に突然のことだった。仕方のないことでもあった。
けれど千種は、村を出ていきたくなどなかった。
村を出ていけば、もう二度と戻ってきてはいけないことを知っていた。
それでも千種は村を出ていくことにしたのだ。
誰にも何も言わず、たった一人で。

三日前のことだ。
アンシャンテの村に、旅芸人の一座がやってきた。
辺境の村に旅芸人がやってくることは珍しく、村全体が沸き立っていた。
その旅芸人の一座には、美しい踊り子がいた。そしてその踊り子に、村長の一人息子が恋をした。
よくある話だった。
けれど、千種にとってはよくある話のままではなかった。
ふとしたことから踊り子と知り合った千種が、村長の息子よりも踊り子と親しくなってしまったのだ。
そのことを知った村長の息子は、千種に復讐をしようとした。
それが悲劇につながった。
村長の息子が千種の家に火を放ち、風に乗った火の粉が村のあちこちに飛び散った。
千種はその責任をとらされたのだ。

燃え残った物の中から、使える物だけを選び出しながら、千種は回想をしていた。
今考えても、納得はいかない。
本来なら責任をとるのは、村長の息子だ。
しかし、両親のない千種と村長の息子とでは、千種のほうに責任が回ってきてしまったのだ。
村の誰もが、千種が悪いわけではないことを知っている。
誰もが知っているが、皆村八分になることを恐れて、誰一人として千種の味方をしなかった。
親のない千種には、後ろ楯もなく、諦めるしかない。
これまで育ててもらった恩もあった。
(仕方のないことだったんだ)
千種は村が好きだった。何もない所だが、穏やかな時間が肌に合った。
焼け跡を探り、黒い煤に汚れた手で頬をこする。
いつの間にか涙が流れ出ていた。
千種の頬はいつしか真っ黒に汚れていたが、それでも涙は止まらなかった。
(出ていきたくない)
声を殺し、泣き続ける千種の隣を村人たちが通りすぎる。決して千種を見ないようにしながら。

ふと、千種の手が止まった。煤の中に溶けた金属のようなものがあった。
「…お母さん…」
焼け残った布の切れ端もあった。
「…お父さん…、おとう…」
涙が止まらなくなった。
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