狐憑きの夜~始まりなる終わり編~
朝
―8月9日(火曜)朝―
8月、それは夏を表す月。プール開きがあり、夏祭りがあり、スイカが一年で一番美味しく感じる季節だ。人によっては、一年で一番イベントに富んだ季節と感じるかもしれない。
しかし、ここ御代町ではそんないい面よりも悪い面が現れやすい。
御代町は盆地、町民は約三千五百人で比較的自然が残る土地である。田舎だが御代町にはスーパー、コンビニから動物病院まで生活の上で必要な物は大方揃う。
また、田舎の割に外国人が多く住んでいる。当然、都会と比べれば月とスッポンであるがそんな面に惹かれている人もいて、一時期町民は一万を超えていたらしい。
しかし、そんな自然豊かな御代は、今朝の剛には苛立たしいものでしかなかった。
なぜなら、盆地ならではの、ジメジメとした暑さが剛の安眠を妨げ、今まで挙げたプラス面を見事に剛の頭から吹き飛ばしていたのだ。
「う~ん……」
朝にはそぐわぬ、重々しい唸り声が、少年の朝日差し込む部屋に低く響く。
部屋は、机とベッド、それに木刀と数冊の本などがあるだけで、こざっぱりとした印象を受ける。
この部屋の持ち主である金沢剛は、御代町立御代中学校に通う中学二年生。特に端整な顔立ちと言うわけではなく、かと言って何処か抜きん出た能力が有る訳でもない普通の少年である。
剛は、今朝で幾度目かの寝返りをうつが、先程からしつこく付きまとう暑さは、一向に引く気配を見せない。
「……暑い!」
剛は、ヒステリックにそう叫ぶと、一気にベッドから身を起こす。
すると、夏特有の生温く、気持ち悪い風が顔を撫でる。
剛が、風の出所を目で探すと、すぐに自分の横の窓が開け放たれている事に気付いた。
(ちっ……また母さんか)
頭を軽く掻くと、剛は窓を閉める。生温い風が吹かなくなると、部屋の中は除除に蒸し暑くなってくる。剛は寝汗のせいか、少し体がベタついている事に気付くと、自分の部屋から階段を気ダルそうに降り、風呂を目指す。