北千住奇想曲
改札を出て左に曲がるとすぐに西口駅前ロータリーが見える。
今日もロータリーを背に一人の女の子がキーボードを弾きながら歌っている。
土日にたまに見かけてはいたが平日にみるのは初めてだった。

待ち合わせの21時にはまだ余裕がある。
なんとなく、女の子の前にできたまばらな人垣の中に加わった。

透き通った声、切ない歌詞がぼくの心を鷲掴みする。
音楽はあまり聴かないし、よくわからない。でも、この女の子の歌には何か懐かしさを感じた。

待ち合わせ場所は今いる位置からもよく見える。ロータリーの端っこだ。

ちょうど21時になってはいたがもう少し聴いていたい、そんな気持ちで歌に集中していると後ろから肩を叩かれた。

振り返ると谷沢藍がいる。

オス、と小声で言うと彼女はぼくの隣に黙って並ぶように立ち、歌声の主に視線を向けて集中した。

ちょうど、これが本日最後の歌だったようだ。歌い終わると満足そうな顔でまばらな聴衆たちに一礼した。聴衆たちはまばらな拍手を送ると、それぞれ帰路についた。
気がつくと先ほどまで隣にいた谷沢藍が機材の片付けをはじめた女の子に向かって歩いて行く。
なんだろう?ファンなのだろうか?地元だしなぁ、とぼーっとぼくは見ていたが、谷沢藍に気がつくと女の子は笑顔を浮かべ、軽くハグをする。

知り合いだったのか。
ぼくは二人から離れた場所でその様子を見守るだけで、近づこうとは思わなかった。
彼女である千夏と面識のある女友達ですら、その輪に入るのは憂鬱に感じる。女の子同士の会話に興味が持てないし、それなのに適当な相づちや話をしなければならない状況が嫌なのだ。
まして、再会したばかりの谷沢藍とその知り合いとなれば尚更だ。

そんな事を考えていたのにも関わらず、谷沢藍はぼくを大声で呼ぶ。

「ねぇー、ヤマダくーん!こっちおいでよー」
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