北千住奇想曲

5

西口駐輪場で愛車に跨り、自宅に向けてペダルを漕ぎ出してからしばらくしてぼくは気がついた。

借りたお金を返していない。
ついつい話に夢中になって本来の目的をすっかり忘れていた。

谷沢藍の自宅を知らないし、わざわざ戻ってもらうのも悪い気がしたので自宅に戻ってからメールをすることにした。


いつもなら仕事をしていて、この時間か、もしくはもっと遅い。自宅はいつもどおりに真っ暗だ。
母は就寝中。弟は北海道で大学生をやっており、長期休みの時しか帰ってこない。
母子家庭で男兄弟しかいないと子供の頃は騒がしくても大人になると急に静かになる、そんな風に母は寂しそうに言う。

鍵を開けて家に入ると、
風呂に入り、ラップをかけられた焼きそばをもそもそと食べた。

その間ずっと谷沢藍に送るメールの内容を考え続けていた。
ぼくは食事をしながら晩酌をする。350MLの発泡酒をグビグビと喉を鳴らしながらも、心は谷沢藍の事しか考えていない自分がいる。

キスと言っても頬に触れるだけのもので、外国では挨拶だろう、とか。ここは日本だし若いからってそんな開放的な人間はいないだろうとか。

結局、谷沢藍はぼくの事をどう思っているのだろうか?

送信する内容がまとまらないままにぼくはカバンに入れっぱなしになっていた携帯電話を取り出した。
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