北千住奇想曲
「あ、それ読んでたの?」

ぼくが本を手をしている事に気がついて谷沢藍は言った。

「昔読んだ気がするんだよね。結末以外はすっかり忘れたけどさ」

「あ、まだ途中だから言わないで!」

彼女は慌てて言った。

「それにしても意外だな、ヤマダくんこういうのも読むんだ」

「だいぶ昔だよ、読んだのは。本を読むようには見えないってこと?」

ぼくは谷沢藍に訊いた。

「違う違う。ヤマダくん高校の頃さ、授業中も休み時間もよく本読んでたでしょ?村上春樹、村上龍、北方謙三、わたしが覚えてるかぎりでは純文学とハードボイルド寄りなのかなって思ってたからさ。海外ミステリ、しかも古いものまで読んでるとは思わなかったの」

確かに高校の頃は本をよく読んでいた。本好きであったのは事実だけど、本に集中していれば周囲から声を掛けづらいだろうということもあった。
数少ない友人以外との会話は煩わしさしか感じていなかったからだ。

今考えても屈折しているような気がする。
でも、そんなバリアを意にも介さず話掛けてきた奴もいる。

それが目の前にいる谷沢藍だ。
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